ciccioneの日記

30歳を過ぎて見切りで会社を退職した人間が、再び収入を得るような仕事に就けるまでの日々を記録していきたい。

初めての浮気相手

「彼は私が浮気をしているのを知らない」

意外な言葉。そして斬新な響き。

今まで彼氏のいる女性とご飯を食べることは多々あった。ランチ、ディナー関係なく。もちろんディナーに関しては黙ってのことだとは思う。既婚者と二人で飲みに行くことももちろんあった。

でも、ただご飯を食べるだけ。何があるわけではない。

それが、ご飯を食べに行く道すがら言い放った彼女の一言。

あ、俺今浮気相手なんだ。

これまで当然のようにしてきた行為に名前がついた。聞いている話は、仕事の話、彼の話、彼女のこと。いつもと何ら変わりがない。ただ、”ただいま浮気相手中”となるとちょっと心境が違ってくる。

人生30数年、自分のやっている行動が浮気相手に値するとは一度足りとも考えたことがなかった。仲のいい子とご飯しているだけ。それが浮気だったとは、新鮮。

さて、浮気相手は今後何をしたらいいのだろう。何か喜ばせるようなことをしなきゃいけないのかな。浮気相手というレッテルが初めてすぎて何をしたらいいのか急に分からなくなる。

そんな自分を見て、彼女は「女の子に不慣れなんだね」と言った。

扱いが比較的上手いと言われてきただけに、不慣れという言葉も新鮮だ。何を求められているのだろう。考えものである。

次回会うのも連絡次第。待ちぼうけである。

あれから、また普通の日々なんだけど…

あれからまた普通の日々を送ってる。

檜山さんと一緒に帰った日、電車の轟音で聞き取れなかっただろう声を、しっかり聞いていてくれた。なんだか照れ臭くなって窓の外をずっと見てしまっていたけど、とても好感の持てる人だった。

途中コンビニに寄って別れようかと思ったけど、結局マンションまで行った。たわいもない会話。どこかで、どこで会ったことがあるのか頭の中を探して見たけれど、まだ皆目検討がつかない。

あの日の帰り、出会ったベンチの前を通りすがった。檜山さんは、住んでるフロアを知らないようにか、

「ちょっと涼んで帰ります。今日はありがとうございました。おやすみなさい。」

と言って別れた。

低層階に住んでいる私は、エレベーターを使わず階段を登って行った。時折外が見える箇所からちょっとしたら立って歩き出した檜山さんが居た。やっぱり気を遣ってくれていたんだ。

連絡先の交換はしなかった。また会う気がして。実際はあんなに目撃をしていたのに、一度会うとめっきり見えなくなってしまった。でも、もし会ったらなんて声をかけたらいいのかな。なんて考えてしまう。

こういうのっていつぶりだろう。

もう秋が来た。夏の勢いではなく、心の虚ろいやすさ季節。

そう思いながら今日もまたいすゞに来てしまった。仕事の憂さ晴らしに来ていたはずなのに、物思いにふけっている自分。レモンサワーが染み渡っていく。

今日もまたベンチに座ってたら、会ったりするのかな。

これってどう映るんだろう。

「今日はありがとうございました…」

「いえ、こちらこそ…」

10分ほど前に大石と智子さんと解散した。JR組と京急組で別れた。そして今、京浜東北のホームに千恵さんと並んで立っている。見かけていることを言っていいのか、とりあえず当たり障りのないことを。でもこのままマンションまで一緒。

はたから見たらどう映るんだろう?

なんてだいたい周りはなんとも思わないことを考える。結局食事会の場は大石・智子ペアのテンションで流れていき、それに相槌を入れる程度で、打ち解けた!って感じでもなかった。今後会うことがなければいいけど、マンションが一緒だし。色々悩ましい。

「檜山さんっていつも…」

大事なところで電車轟音をあげて入って来た。

「えっ?」

ドラマでよくあるシーン。こういう時に実際に起きるとは!

「あ、いや。どうでもいいとこだから大丈夫です」

照れてる。か、かわいい。あ、やばいこの感じ。久しぶりの感覚だ。

一生懸命何を言おうとしてたか探る。

「結構マンションの下のベンチ好きなんですよね。時々会社帰りに家に帰る前にあそこでスイッチをオフにしてから帰るんです。柄になく空見上げたり」

とりあえず可能性で独り言っぽく電車に乗りながら言ってみた。

「えっ…なんか分かります…」

閉まる扉の外を見ながら千恵さんが呟いた。窓越しで見るその顔は伏し目がちだったが、なんか今日初めて少し近づいた一言のように聞こえた。

仲直りってどうすればいいんだろう。②

仲直りってどうすればいいんだろ。

表向きは普通に戻った。でも見えない行間のところにズレを感じる。

前まで見えなかったズレ。

少しのベクトルの違いが、最初は同じ方向を向いていたはずなのに、いつのまにか時と共にその差は開いていくばかり。もう戻ることはないんだろうか。

些細なことがきっかけなのに。

くだらないことで盛り上がって、ちょっとしたことでも一緒に一憂して。

何事もいつかは終わりを迎える。

やっぱ人付き合いもそうなのかな。

人付き合いに真面目すぎるってどういうことなんだろう…

嘘はつけない…

「千恵さんは何のお仕事されてるんですか?」

「あ、私は一応化粧品関係の仕事をしています」

「めっちゃ華やかな世界ですねぇ!」

「や、そんなことないですよー。地味なことばっかですよ」

大石さん感謝。とりあえず対面と直接いきなり話すことにならなくてよかった。でも、そんな避けるほどのことないのに、何を意識してるんだろ、私。何も檜山さんのこと知らないのに。スーパーで見かけて、マンションで見つかっただけなのに。

「お二人はどんなお仕事されてんですか?」

よし、さりげなく聞いてみた、自分!

「僕は、リテール関係。あ、いわゆる商品卸の仕事ですね。だから、智子さんの会社が取引先になるんで、よく出入りさせてもらってんです。で、檜山は不動産営業部。めちゃくちゃ商社とか言いながらドメスティックな仕事してるんです、僕ら(笑)」

「お前なんでも俺の紹介しすぎだろっ。話すことなくなるわ!」

「なんかいいコンビですね。ふふ。」

あ、檜山さんが口を開いた。不動産営業やってんだ。確かに誠実さはある、大石さんのノリのよさと違って。そして智子の合いの手で「ふふ。」ってほんと女の子っぽい声を出すな。

「そういえば、お二人はどちらに住んでんですか?」

やばいキタ、この質問。

「私は不動前で、千恵ちゃんは新丸子ですよぉ」

「不動前って、芸人さんがいるとこじゃん!誰か会った?って千恵さん新丸子なの?あれ檜山、もしかして一緒??」

智子…

 

やばーい。キタこの質問。やっぱり教科書通りのやつを大石聞きやがった。そして俺に振るんじゃない。はぁ、どうやってこの状況を乗り切るか。しょうがない、シラを切るしかないか…ってかなんで何の関係のない人に対して俺はドキドキしちゃってんだろう。

「新丸子、一緒ですね!どのあたりに住んでんですか?ってそこまで聞いたらストーカーみたいですよね(笑)」

ピクッと一瞬反応して見えた。

「駅をちょっと行ったところにあるセブンの近くです…檜山さんは?」

うっ、きっと話の展開上向こうも合わせてきてくれたんだろう。嘘をつくべきか、本当のことを言うべきか…

「あっ、俺もあのコンビニの近くなんです…もっ、もしかしたら会ってるかもしれないですね?」

何言っちゃってんだ俺。初対面だよ、あくまでも初対面。少なくとも話すのは。しかもこんな時に噛んでしまうとは。んー、逃げ出したい。でも、これってチャンスなのか?何をこんな時に考えてんだ。相手には相手がいるかもしれないわけで。

「帰りは期待しろっ」

ニヤつきながら大石が小さな声で耳打ちをしてきた。

えっ、千恵さん…?

「先輩、もう帰ります?相談したいことが」

「急ぎ?ごめん。週明けでもよければ週明けでもいい?」

「あ、はい。大丈夫です」

ゆみちゃんから相談を持ちかけられたが、ちょっと今日はお断りした。ちょっといつもより身なりをよくしてたから察してくれたのかな。ちょっと急ぎっぽかったけど。でもゆみちゃんももう3年目だし、それなりに他の人に相談してくれるかな。

18:30智子と作戦会議と称して待ち合わせをした。ちょっと早い時間だったけど、サマータイムだから時間的には余裕があった。作戦会議とは言ったものの、結局智子とその商社マンとの出会い方について話を聞いただけだった。

場所は品川の「el caliente」。19:00お店に入ったら既に男性2人が席に着いていた。

「お待たせしましたー」

智子がいつもよりちょっと高めの声を出して席に向かって行った。この子のこの女の子らしいところにちょっといつも尊敬する。

「はじめまして。智子の友人の…」

あっ!!?

向かいに居た男性の一人が、あの見かけたことのある人だ。と言うかこの間マンションの下で一人でくつろいでいた時に見つかってしまった人だ。やばいやばい、どうしようどうしよう。変に思われてるんじゃないかな…

ちょっとした動揺を智子は少し訝しんだが、そのままもう一人の男性と話しながら席に着いていた。

何か会話を探さないと。目がなんか合わせられない。先日お会いしちゃいましたね、なんて言えないし。どうしよう私。変に映ってないかな。まずは何事もなかったように冷静に冷静に。

 

予定の時間より少し早めに、大石と予定のお店に着いた。大石は会社の外で会えるのが楽しみといったような様子だった。智子さんがどう言う人でと行きの電車の中でも語られた。一応、一緒に来る千恵さんについてもショートの大人っぽい女性だとは聞かされてきた。俺は今日千恵さんの相手をすればいいんだな。

女性陣がやってきた。

あっ!?

智子さんはすぐに「お待たせしましたー」と来たからすぐ分かったが、千恵さんってあの人だったのか!えっ、どうしよう俺。まさかこんな展開で会うとは。何、何て話しかければいいんだろ。こないだはゆっくりされてるところお邪魔しましたなんて言えないし、「いすゞ」でなんてことはもっと言えない。何も気づいていないふりするか。でも相手も完全にこっちを認識している。う〜ん、何この状況。まずはお酒か。お酒じゃないか。

お互い変に立ったままな状態になってしまった。

「あっ、どうぞ座ってください」

とりあえず当たり障りのない言葉をかけた。

「何?なんかあった?」

大石がズカズカと人の混乱に入って来た。

「千恵さん、初めましてだけど、こいつちょっと人見知りなところがあるんで許して。あ、俺大石です。で、こいつは檜山。会社の同期なんです」

お、とりあえず大石よくやった。とちょっと思った。でもなんか気まずいー。このあと普通の展開なら、どこに住んでんですか?って話になって、なんだ二人同じ駅なんじゃん。奇遇だね。なんてことを大石は言いだすだろう。いやいや、マンションまで一緒なんじゃい。

向こうをちらっと見ると、ちょっと目を伏せられる。まぁ、そうだよな。ついこないだマンションで会っちゃったばっかだし。ぬーん。

場はさすが営業。大石の段取りで整えられてった。

決戦は金曜日

9月8日(金)。

「商社マンって暇なのかな?」という入り方で、智子から合コン開催日の連絡が入った。そういう自分も暇じゃね?と心の中でツッコミを入れる。ただ、よくよく考えてみたら、その日が空いていた自分も暇人だと、ちょっと自分に萎えた。それにしても案外すぐの日程だったな。

日程が早く決まったのもすぐに答えが分かった。先方が4人も揃えられないから、ということだった。まぁそうだろうな。商社マン忙しそうだし。そもそも8人で予定を合わすのは至難の業だもの。結構当然のような話だった。

で、なぜ私?

そこには全く触れられていない。ゆきは結婚しているから、そんな現実的な人数の飲み会には参加しないってことになったんだろう。でも潤ちゃんは?

「先輩、稟議書いてみたんで、読んでもらえますか?」

「あっ、うん。そこに置いておいて」

ダメダメ、仕事しなきゃ。ゆみちゃんは、こないだ校正の指摘をしてから少し自信を無くしたのか、一つ一つ確認を取ってくるようになった。おかげで安心できるようになったけど、稟議の校正となるとまた時間が食われてしまう。人を育てるって大変だな。30になって改めて思う。20代は自分のことだけしか考えていなかったんだなとも。

 

「8日(金)になりました。ごめん人揃えられなくて2−2になった」

大石からメールがきた。だろうな、こっちも同期以外の人間がいる場は、身内側としても気まずい。それにしても急だな。自分も空きって言っちゃったんだけど。

「檜山さん、ちょっとこの請求書見てもらってもいいですか?なんか数字が発注書と違うんですけど…」

「ん?」

庶務の高橋さんが眼光鋭く迫ってきた。確かに発注していないものが請求書に含まれている。この費用はなんだ。もう一度発注書を確認し、急いで取引先に電話をかける。月次処理真っ只中で、今のままだと処理ができない。担当者が会議で離席中とのことだった。急ぎ確認したいことがあるから折り返し電話をしてほしい旨の伝言を残してもらった。この時間にか…

「檜山ぁーどうだー」

”ぼやきの山田”からの誘いが入った。

「すいません、ちょっと請求書に誤りがありまして…」

そっかー、大変だな、とぼやきながら違う人を物色しに行った。やれやれ。取引先と連絡が取れたのは19時を回っていた。使い回しの請求書フォーマットで、他の会社への請求分がうちにたってしまったとのことだった。原本は郵送で、急ぎ写しをPDFで送ってもらった。これでなんとか高橋さんの機嫌は収まった。

帰り道、いつものコンビニでビールを買い、一人の時間に浸りたくていつものベンチで飲むことにした。それにしてもすっかり秋めいてきたものである。

あっ。

先客がいた。それもショートの女性が。ちょっと躊躇し、足を止めたのに向こうも気づいて目が合った。紛れもなく、「いすゞ」で見かけた女性だった。

「あ、ごめんなさい」

「あ、いえ。こちらこそごめんなさい」

女性はそそくさと立って小走りで消えて行った。自分も立ち止まったまましばらくその背中を見つめてしまった。

同じマンションだったんだ。何かじわっとするものを胸の内に感じた。